思い出す選挙活動

今年は統一地方選挙、参議院選挙と選挙の年になりました。N国という新たな政党もでてきて、実は川口市のしおた市議会委議員ともユーチューブ上で会話をしている所です。見事三千票以上の票で当選しているのですごいと思いました。 実は川口市で8年前、震災の年にも地方選挙がありました。知り合いの人が出るというのでその年に手伝いをしたのを覚えています。現在の状況は、割と社会がおちついて選挙をしていますが、8年前の冬から開始し(選挙として準備は遅いとはおもいます)3月11日を迎えました。 突如関東でも大変な揺れを感じました。車に居た私はラジオから緊急地震速報が流れてきたので(国会中継を聞いてました)、停車し様子を見るといつもの地震だと思っていると大きな揺れに恐怖感を感じました。目の前にある家の瓦屋根がビスケットのように土に変わっていきました。始めてみた光景にこれはとんでもない事が起きたと、急いで家に帰えることになりました。 家は冷蔵庫が倒れておりましたが、幸いそれ程の被害ではありませんでした。しかし自身は原発事故を引き起こし、始めて経験する計画停電というのに直面する訳です。選挙活動で一番困ったのがガソリンです。千葉の製油所が火災にあってますので、ガソリンが手に入らない。20リッター手に入れるのに、長蛇の列。選挙活動は危機になりました。 告示板にはるポスターを貼りにいくにも車が必要です。川口という広い範囲を徒歩で貼る事はできません。車が必要です。なけなしのガソリンをなんとか使って貼りにいきました。ガソリンを手に入れられたのは、数人で消費を抑える為に徒歩の人もいました。更に問題は計画停電です。時間で信号機が停止してしまいます。警察官が出てる所もあれば、誰もいないところもあります。交差点は事故と隣り合わせで緊張が走ります。 辻立ちが一番こたえました。震災から数日後は拡声器がまず使えません。更に立っていると、当時の政権が対策にもたついている苛立ちから、全く関係がない我々に苛立ちをぶつける人も多かった。特に民主党は酷かった。卵をぶっつけられたり唾をかけられたり。事務所に戻ってくると憔悴しきっていました。 みんな選挙どころじゃないだろと、顔しかめっ面でこちらを見ている。そんななか選挙が行われていました。8年経過しようやく日本に落ち着きがでてきたのだと、ある意味平和を実感している選挙が今年です。川口の行政がよくなるといいと思います。